過去は、今としてのみ描かれるものである。

画家にとっての「過去」とは、目の前に存在する物空間を絵筆で再現しようとするプロセスにおいて、絶えず形成されるものである。人間の目は、焦点を合わせた物体や空間の細部に対して鋭い認識を持つが、焦点が外れた部分に関しては、たとえほんの少し前の視点であれ、焦点をずらすとすぐに把握できなくなる。これは、その時点で「過去」の出来事となるのである。一瞬前であれ、数分前であれ、それ以前であれ、画家にとって焦点を合わせていない物体や空間は「過去」そのものとなる。 


 本展は、2011年8月に愛知県立芸術大学サテライトギャラリーで開催された個展以来、12年ぶりの新作インスタレーション作品としての展示となりました。鑑賞してくださった皆様との共有は、私にとって非常に意義深いものでした。

 新作「Transient Flow」は、展覧会場から隣接する玉川上水を眺め、「150年前ほど前に、行き交っていた船をドローイングしたとしたら」という思考から生まれました。小平市に流れる玉川上水は、日頃から学生や市民による人の流れが絶えない場所です。かつてこの地は、水源が乏しく、人が住むには適していませんでした。しかし、1653年に江戸幕府の計画により、羽村市から四谷へと延びる43キロの人工河川がわずかな期間で完成されました。これにより、人々が移住し、畑作が行われるようになりました。明治3年(1870年)には、地域住民の長い間の願いが叶い、船による輸送が始まりましたが、この船の運航はわずか2年という短い期間で終了しました。

 画家としてのトレーニングを受けていた私にとって、「過去」とは目の前に存在する物の空間を絵筆で再現しようとするプロセスにおいて、絶えず形成されるものだと認識しています。人間の目は、焦点を合わせた物体や空間の細部に対して鋭い認識を持ちますが、焦点が外れた部分に関しては、たとえほんの少し前の視点であれ、焦点をずらすとすぐに把握できなくなります。

 玉川上水を運航していた船を描くことで、過去が姿を現し、私を含む場所の過去としての特性が現在の空間として形成されます。描くことと同等の行為として、私はアルミ箔製の船を400個ほど造りました。その「船」は玉川上水の水面からギャラリーの2階窓を結ぶ直線の延長線上にある天井の一点から螺旋状に連なり広がり流れ、次に壁面へと降り、0.219%の勾配で木炭で区分された室内を移動します。そして、「船」が滞留している傍には、現在の形となったそれらを描いたドローイングが示され、過去が形を表したように未来の姿が現れます。

 「過去とは何か」「現在とは何か」「未来とは何か」

 私にとって、焦点を合わせていない物体や空間は一瞬前であれ、数分前であれ、それが150年前であったとしても、同じ「過去」そのものなのです。

最後に

 展覧会へのご来場、そして私の作品へのご関心、心から感謝申し上げます。皆様が「Transient Flow」展を通じて新しい視点や感動を得られたなら、これ以上の喜びはありません。

  2023年9月8日(金) 須釜 陽一